2026年の米国経済、ひいては世界経済の行方を占う上で、今最も注目されているトピックの一つが「次期FRB(米連邦準備制度理事会)議長の人事」です。FRB議長は、世界経済という巨大なオーケストラの指揮者に例えられるほどの影響力を持ち、その一挙手一投足が株価や為替を大きく動かします。
現在のパウエル議長の人気は2026年5月までですが、トランプ大統領は年明け早々にも後任を指名する動きを見せています。なぜこれほどまでに人事が急がれているのか、そして有力視されている3人の候補者はどのような人物なのか。投資家が知っておくべきポイントを詳しく解説します。
異例の早期指名に隠されたトランプ大統領の戦略
通常であれば、現職の任期満了の数ヶ月前に指名が行われるのが通例ですが、今回は異例の速さです。その背景には、トランプ大統領による明確な政治的戦略が隠されています。
まず一つ目の理由は、現在の金融政策に対する強い不満です。トランプ大統領は、パウエル議長が利下げを渋っていることが経済の足を引っ張っていると公然と批判してきました。特に有権者の生活に直結する住宅ローン金利を下げたいという強い思惑があり、自身の意向に従う人物を早期に据えたいと考えています。
二つ目の理由は、パウエル議長の「レームダック(死に体)化」です。早期に後任を指名することで、市場の注目を次期議長へと向けさせ、残りの任期におけるパウエル議長の影響力を無力化しようという狙いがあります。
そして三つ目は、FRB理事会の構成を掌握するための椅子取りゲームです。パウエル氏は議長退任後も、2028年まで理事としての任期が残っています。トランプ大統領としては、空席となる他の理事ポストに次期議長候補を滑り込ませることで、パウエル氏が理事に留まったとしても確実に自身の息がかかった人物を送り込める体制を整えようとしています。
有力候補者その1:忠実なブレーン、ケビン・ハセット氏
現在、市場で「本命」と目されているのが、ケビン・ハセット氏です。トランプ政権1期目で大統領経済諮問委員会の委員長を務め、現在はホワイトハウスの国家経済会議(NEC)委員長という要職に就いています。
ハセット氏の最大の特徴は、トランプ大統領への高い忠誠心です。減税政策や規制緩和を論理的に支えてきた経歴があり、トランプ大統領も公に彼の名前を候補として挙げています。金融政策のスタンスは明確な「ハト派」であり、大幅な利下げの余地があると言及していることから、大統領の要求に最も忠実に答える人物と見られています。
経済学の博士号を持ち、過去にはFRBでの勤務経験もあることから、実務能力についても申し分ないエリートと言えるでしょう。
有力候補者その2:破壊的改革を目指す、ケビン・ウォルシュ氏
次に対抗馬として挙げられるのが、元FRB理事のケビン・ウォルシュ氏です。彼はかつて、バーナンキ議長時代の量的緩和政策に反対して任期途中で辞任したこともある、筋金入りの「タカ派」として知られていました。
しかし、現在彼が注目されているのは、FRBという組織そのもののあり方を問い直す「改革者」としての側面です。ウォルシュ氏は、現在のFRBの意思決定プロセスの遅さや、内部の閉鎖的な議論を強く批判しています。
トランプ大統領にとって、単なるイエスマンではなく、現状を打破してFRBを根本から作り変えてくれる存在としての期待がかかっています。彼が選ばれることは、金融政策の変更だけでなく、FRBという組織の体制転換を意味することになります。
有力候補者その3:安定と実績のダークホース、クリストファー・ウォーラー氏
「大穴」ながら市場からの評価が高いのが、現職のFRB理事であるクリストファー・ウォーラー氏です。2020年にトランプ大統領自身によって理事に指名された人物ですが、政治的な色彩は比較的薄く、アカデミックな背景を持つ実力派です。
ウォーラー氏の強みは、FRB内部の事情に精通していることと、データに基づいた論理的な判断を下す姿勢です。彼も「利下げの余地はある」とするハト派的な発言をしていますが、それは政治的圧力からではなく、あくまで経済指標に基づいた判断であると市場は受け止めています。
中央銀行としての独立性を維持しつつ、安定した政策運営を期待する市場関係者の間では、最も好ましい候補者であるとの声が根強くあります。
誰が選ばれるかで変わる、市場のシナリオ
この3人のうち、誰が議長の椅子に座るかによって、株式市場や債券市場の反応は大きく異なります。
ハセット氏が選ばれた場合、短期的には大幅な利下げへの期待から株価は上昇するでしょう。特にハイテク株やグロース株には追い風となります。しかし一方で、FRBの独立性が失われることへの懸念から、ドルの信認が揺らぎ、中長期的なドル安やインフレ懸念による長期金利の上昇というリスクも孕んでいます。
ウォルシュ氏の場合は、不確実性が高まります。彼がどのような組織改革を行うのか、その全容が見えるまでは市場は様子見ムードを強める可能性があります。金融セクターなどは、規制の枠組みが変わることへの警戒感を抱くかもしれません。
ウォーラー氏が選ばれた場合は、市場にとって最も安心感のある「ゴールドロックス(適温経済)」シナリオが期待されます。政策の継続性と安定性が保たれる中で、合理的な利下げが進むという期待から、幅広い銘柄が買われるリスクオンの相場になりやすいと考えられます。
投資家が直面する根本的なリスクと皮肉な結末
誰が選ばれるにせよ、共通しているのは「トランプ大統領の強い影響下にある」という点です。トランプ大統領は、自身に賛成する者以外は議長にしないと断言しており、次期議長は多かれ少なかれ利下げを約束させられる形になります。
これは、政治から独立して物価の安定を追求するという中央銀行の根本を揺るがす事態です。ここに一つの皮肉なシナリオが浮かび上がります。
トランプ大統領は住宅ローン金利を下げるためにFRBに圧力をかけていますが、もし市場が「新しいFRBはインフレをコントロールできない」と判断すれば、将来のインフレを見越して長期金利は逆に上昇してしまいます。つまり、利下げを行っているのに、住宅ローン金利の基準となる10年債利回りが跳ね上がるという、意図しない最悪の結果を招く可能性も否定できません。
2026年の投資戦略を考える上で、単なる株価の上下だけでなく、中央銀行の独立性という構造的な変化を注視していくことが、これまで以上に重要になってくるでしょう。