世界中の注目を集めていたショート動画プラットフォーム「TikTok」の米国事業を巡る問題は、土壇場で大きな動きを見せました。アメリカ国内でのサービス停止という時間切れが迫る中、米中両国政府が事業売却に関する枠組み合意に達したと報じられています。
本記事では、一企業の買収劇に留まらない、この国際的なディールの背景と、今後の市場への影響について、投資家視点で深掘りしていきます。
なぜTikTokは問題視されたのか
ご存知の通り、TikTokは中国企業ByteDance(バイトダンス)が運営するプラットフォームです。その最大の特徴は、ユーザーの興味を強く引きつけ離さない、強力なレコメンデーションアルゴリズムにあります。わずか数年で、Googleを超えるアクセス数を記録し、FacebookやInstagramよりも早く月間アクティブユーザー数10億人を達成するなど、その成長スピードは驚異的でした。
しかし、この圧倒的な成功の裏側で、アメリカ政府は深刻な「安全保障上の懸念」を抱いていました。親会社が中国企業であることから、アメリカ国内の膨大なユーザーデータ—視聴履歴や位置情報、さらには顔認証のような生体情報まで—が、中国政府に渡ってしまうのではないかというリスクです。特に、2017年に施行された中国の国家情報法は、国内の組織や個人に国の情報活動への協力を義務付けており、TikTok側が「データは渡さない」と表明しても、法律によって提供を強制されれば抗えないのではないかと、アメリカ側は強く懸念したのです。
この懸念を背景に、アメリカ議会は2024年に、ByteDanceがTikTokの米国事業を売却しない場合、国内でのサービス提供を禁止するという法律を成立させました。
大規模な対策も及ばず、トップ会談で決着へ
TikTok側も手をこまねいていたわけではありません。彼らは「プロジェクト・テキサス」と呼ばれる大規模な計画を進めていました。これは、アメリカ国内のユーザーデータをIT大手オラクル社のクラウドサーバーに保管し、アクセス権限を厳しく管理することで、中国政府からのアクセス懸念を払拭しようとする取り組みです。ソフトウェアの監査を含め、15億ドル(約2,000億円)以上が投じられたと言われますが、アメリカ政府はこの対策でも不十分だと判断を下しました。
期限が迫る中、この問題は単なるビジネスの枠を超え、米中間の技術覇権争い、さらには貿易交渉の一部として、両国のトップ同士による政治的な判断が必要な状況となりました。報道によると、最終的にはトランプ大統領と習近平国家主席の間で、TikTokの米国事業売却に関する枠組み合意が成立したとされています。期限は2025年9月14日と設定されました。
巨額の評価額と、最大の焦点「アルゴリズム」
合意の内容は、米国事業をアメリカの投資家層を中心とした企業連合に売却するという方向性です。具体的には、プロジェクト・テキサスで協力していたオラクル社と、投資ファンドのシルバーレイク社が中心となり、過半数近い株を保有する可能性があると見られています。また、ウォールマートなどの小売大手も以前から関心を示していました。
新しい「TikTok US」の評価額は、副大統領の発言によると約1,400億ドル(日本円で約20兆円規模)に達する可能性があるとされ、その規模の大きさに驚きが広がっています。
しかし、この買収劇で最も複雑な争点となったのが、TikTokの競争力の源泉である「レコメンデーションアルゴリズム」の扱いです。中国政府はこの期間技術を完全に手放すことに強い抵抗を示したと見られており、枠組み合意では、米中双方が受け入れられるような複雑な取り決めがなされた可能性があります。アルゴリズムの所有権や管理権の所在については、今後も注目が必要です。
投資家が注目すべきライバル企業への影響
この一連の騒動は、市場、特にSNS業界の競争環境に大きな変化をもたらします。
まず、追い風を受ける可能性があるのは、直接のライバルであるメタ・プラットフォームズ(Facebook、Instagram)、Snap(Snapchat)、そしてGoogleを抱えるアルファベット(YouTube)といったSNSプラットフォーム運営企業です。TikTokの先行きが不透明になったり、新しい経営体制への移行でユーザー体験が変化したりした場合、ユーザーや広告費がこれらのライバルプラットフォームに流れる可能性があります。
しかし、より注目すべきは、TikTok USがさらに手強いライバルとなるシナリオです。中国企業であるという点がこれまでビジネス展開の制約になっていたとすれば、アメリカの有力企業が株主となり、経営体制も新しくなることで、その足かせが外れることになります。オラクルやシルバーレイクのような資金力・政治力のあるプレイヤーが後ろ盾につけば、サービス改善や新機能の開発が一気に加速するかもしれません。
特に、TikTokが力を入れ始めているEコマース分野です。アメリカ企業として本格的にライブコマース機能を拡大してくれば、単なるSNSのライバルに留まらず、AmazonのようなEコマースの巨人にとっても無視できない存在になる可能性があります。安全保障上の懸念がなくなることで、逆にビジネス面では自由度が増し、パワーアップする可能性があるというわけです。
そして、投資ファンドが関わるこの大規模買収案件では、将来的なIPO(株式公開)の可能性が非常に高いと考えられます。投資ファンドは最終的に投資資金を回収し、利益を確定させる必要があり、その最も一般的な出口がIPOだからです。もし実現すれば、近年のテクノロジー企業IPOの中でも最大級の注目を集めることは間違いないでしょう。
今回のTikTok売却劇は、一アプリのビジネスの話ではなく、米中間のテクノロジー覇権争いや安全保障、そして巨額のマネーが絡む、まさに現代を象徴する出来事です。投資家としては、このような地政学的なリスクや競争環境の変化が、個別企業の株価、ひいては市場全体にどう影響を与えるのか、多角的に見ていく必要がありそうですね。
