「マネー・ショート」マイケル・バーリ氏がBigTechの会計問題を指摘の後に自身の投資ファンドを閉鎖

投資の世界で今、最も注目を集めている人物の一人、「マイケル・バーリ」氏の動きが市場に大きな波紋を広げています。映画『マネー・ショート』でも描かれた、あの2008年サブプライム住宅ローン危機の崩壊を正確に予測し、莫大なリターンを得た伝説的な投資家です。

最近、彼に関する二つの大きなニュースが駆け巡りました。一つは、AIブームのまさに中心にいる大手テック企業の「ある会計処理」に対する、彼の非常に厳しい警告です。そしてもう一つは、その指摘の直後とも言えるタイミングで、彼自身のヘッジファンドであるサイオン・アセット・マネジメントが、米国の証券取引委員会(SEC)への登録を取り消し、市場の表舞台から姿を消したという出来事です。

この記事では、これら一連の情報から読み取れるバーリ氏の警告の真意、そして彼の次の一手が何を意味するのかを深く掘り下げて考察してまいります。彼の動きは、現在のAIを巡る熱狂に対して、私たちが冷静に考えるべき非常に重要な問いを投げかけていると言えるでしょう。

過去の成功が証明する「市場の常識を疑う」投資スタイル

バーリ氏は、元々神経内科医という異色の経歴を持ちながら、投資の世界へ転身した人物です。彼の投資スタイルは、徹底したバリュー投資家であり、ベンジャミン・グレアムの教えを重視しています。膨大なデータ分析を通じて、市場の非効率性や価格の歪みを見つけ出すのを得意とし、常に市場のコンセンサス(総意)に疑問を投げかける姿勢が特徴です。

彼の名は、市場の誰もが楽観していた時期にサブプライムローンの崩壊を予測し、大胆な空売り(ショートポジション)で成功を収めたことで世界的に知られるようになりました。彼の予測は常に当たるわけではありませんが、その洞察力は、市場の構造的な問題を見抜く「かつての空売り」を彷彿とさせ、今も多くの投資家が彼の発言に耳を傾けています。

AIチップの「減価償却」に潜む20兆円規模のリスク

バーリ氏がX(旧Twitter)で指摘したのは、AIの開発・運用に不可欠な高性能な半導体チップやサーバーといったコンピューティング資産の減価償却の扱いです。

彼は、資産の「本当の寿命」(耐用年数)よりも長く設定し、毎年の減価償却費用を意図的に少なく見せる会計処理は、現代における一般的な不正行為の一つであると強く断じています。

特に問題視しているのは、AIチップの技術革新がものすごく速いという現実です。NVIDIAのような企業が出すチップは、実際には1年、長くても2年程度で陳腐化してしまう可能性があります。にもかかわらず、Microsoft、Google、Amazon、Metaといったハイパースケーラー(巨大クラウド企業)が、これらの機器の耐用年数を不当に長く見積もっていると指摘しています。

耐用年数を長く設定すると、年間の費用が減り、その分だけ企業の利益が多く見えるようになります。バーリ氏の計算によれば、これらの大手ハイパースケーラー全体で、2026年から2028年の3年間で、合計1,760億ドル(日本円にして約20兆円超)もの減価償却費が、実態よりも少なく計上される可能性があるというのです。その結果、特定の企業の利益が、本来あるべき姿よりも2割以上も過大に報告されるリスクがあると警告しています。

技術の加速がもたらす「会計上の歪み」

なぜ今、この減価償却の問題が特に注目されるのでしょうか。その背景には、AIチップの技術革新のスピードが劇的に加速している現実があります。NVIDIAのCEOは、今後のGPU開発サイクルを従来の2年ごとから1年ごとに短縮すると公言しました。

これにより、物理的には壊れていないとしても、性能面で最新ではなくなったチップは、実質的にわずか1年や2年で陳腐化してしまいます。バーリ氏の指摘は、この技術的な現実と、企業が会計帳簿上で設定している「資産の寿命」(5~6年)との間に、極めて大きなズレが生じていること(技術の陳腐化スピードと会計上の耐用年数の乖離)を突いているわけです。

ハイパースケーラー側が耐用年数を延長するのは、AI関連投資で急増する巨額な設備投資コストを、より長い期間にわたって費用計上することで、短期的な収益への影響を平準化しようとする意図があります。しかし、もしバーリ氏の言うように実際の価値下落スピードよりもかなり長い期間で減価償却を行っている場合、会計帳簿上の利益は将来発生するかもしれない大きな減損損失を先送りすることで作られている可能性があります。これは見かけ上の利益の裏にリスクが隠れているという点では、かつてのサブプライム問題の構図にも似たものを感じさせます。

AIエコシステム全体に及ぶ影響

バーリ氏の指摘が的を射ていた場合、影響はハイパースケーラーにとどまりません。

まず、ハイパースケーラーは、性能競争に勝つために最新チップを買い続ける必要に迫られ、設備投資額(CapEx)が増大し、フリーキャッシュフローや利益率を圧迫します。さらに、AIの計算処理が消費する膨大な電力や、データセンター内外のネットワーク帯域のボトルネックといったインフラ面での課題も深刻化します。

そして、もう一つの懸念は、GPUを大量に仕入れてレンタルサービスを展開するネオクラウドと呼ばれる新興企業群です。彼らの多くは、最新GPUの巨額の初期投資を、プライベートクレジットのような金利が高く厳しい条件の負債で賄っているケースが多いと指摘されています。

GPUの陳腐化が加速し、その価値が想定より早く下落したり、AI開発ブームが一服してレンタル需要が落ち込んだりすれば、GPUそのものを担保にした融資が金融リスクに繋がり、彼らの財務状況は一気に悪化しかねません。

SEC登録抹消の真意:「敗北宣言」か「次のマネーショート」の準備か

バーリ氏のファンド、サイオン・アセット・マネジメントがSECへの登録を抹消したことは、市場の監視の目から離れ、大けにその運用内容を開示する必要がなくなったことを意味します。

この登録抹消の理由として、「ファンドの閉鎖」あるいは「ファミリーオフィスへの移行」(自己資金や一族の資産のみを運用)という二つのシナリオが考えられます。どちらにせよ、彼は今後、より自由に、そして秘密裏に投資戦略を実行できるようになるわけです。

この動きに対して、「最近の株式市場の強い上昇トレンド、特にAI関連株の熱狂の中で、空売りポジションがうまくいかず、一時的にゲームから降りる敗北宣言ではないか」という見方があります。

しかし、むしろ「ポートフォリオの開示義務がなくなることで、市場に大きな影響を与えかねない空売りポジションを、誰にも気づかれずに水面下で構築し維持する」という、より戦略的な動きである可能性も十分に考えられます。

彼は登録抹消のタイミングで、パランティアに対する具体的な空売りポジションの詳細をわざわざ公表しています。本当に撤退するのであれば、手の内を明かす必要はありません。これは、短期的な市場の動きに左右されず、自身の見立てが正しかったと証明されるまで長期間耐え抜くという、長期戦の意思表示とも受け取れるのではないでしょうか。

過去のサブプライム危機の際も、彼の空売りポジションが利益を生むまでには2年近くかかりました。今回も、今はまだ早すぎるだけで、市場の熱狂が冷めるまで待ち続ける覚悟があるのかもしれません。

バーリ氏の一連の行動は、AIという巨大な成長ストーリーの裏側に潜む、私たちが見過ごしがちな会計上のリスク、そして金融システム全体の不安定要素を浮き彫りにしています。この熱狂の渦中で、私たちは彼の警告を単なる「弱気筋の見解」として片付けて良いのでしょうか。それとも、冷静に評価し、投資戦略を見直すべき「時代を映す鏡」として捉えるべきか、考えさせられます。



「米国株投資の耳よりな話」をお好きなプラットフォームで