こんにちは。「米国株投資」の耳よりな話へようこそ。今回は、非常にスケールの大きなニュース、ソフトバンクグループ(SBG)の巨大な一手に焦点を当てて深掘りしてまいります。
SBGがスイスに本拠を置くテクノロジー企業、「ABB」のロボティクス事業を、なんと約8,200億円(約53億7,500万ドル)という巨額で買収することで合意しました。これは、孫正義氏にとって、長年の恋心とも言える「ロボット分野」での大きな挑戦として「三度目」にあたります。
過去二度の挑戦を経て、目指すは「フィジカルAI」
孫氏が抱く壮大なビジョン、それは人類の知能を遥かに凌駕する「ASI(人工超知能)」の実現です。SBGはこのASIを実現するための要素として、次の4つを挙げます。「AIチップ」、「AIデータセンター」、「エネルギー」、そして「AIロボット」です。
今回のABB買収は、この4本柱のうち、AIに現実世界で活動する「身体」を与える、つまり「フィジカルAI」分野を強力に補強するための動きと位置づけられています。AIという高度な頭脳と、ロボットという物理的な身体を結びつけるという考え方ですね。
過去を振り返ると、孫氏のロボットへの情熱は、これまで二つの大きな挑戦を経てきました。
一度目は、2014年に発表された「Pepper(ペッパー)」です。人の感情を認識し、対話をするというコンセプトで、コミュニケーションや接客用として大きな注目を集めました。しかし、ビジネスとしての収益化は難しく、2020年頃から新規生産が一時的に停止するなど、コンシューマー市場の難しさに直面しました。
二度目は、驚異的な運動能力で世界を驚かせた「Boston Dynamics(ボストン・ダイナミクス)」の買収です。犬型ロボット「Spot」や、二足歩行ロボット「Atlas」など、卓越した技術力を誇りましたが、2020年12月には株式の80パーセントを韓国の現代自動車グループへ売却することが発表されています。
そして三度目となる今回は、コミュニケーションや最先端の研究開発的な側面を追った過去二回とは異なり、より実用的で収益化が見込める「産業用ロボット」が中心です。過去の経験から学びを得て、現実的な社会実装を見据えた戦略的な方向転換と言えるでしょう。
ABBが持つ「産業の巨人」としての強み
買収対象となったABBは、電力技術やオートメーション分野で世界をリードする多国籍企業です。特に、今回SBGが手に入れるロボティクス事業は、産業用ロボットで非常に高い評価を得ています。その信頼性と性能の高さは世界中で認められており、巨大な中国市場ではマーケットシェアがナンバーワン、世界全体でもナンバーツーのポジションにあるとされています。
例えば、食品工場などで商品を高速で掴み箱詰めする「FlexPicker(フレックスピッカー)」や、人と安全に共同作業ができるように設計された協働ロボット「YuMi(ユーミ)」など、現場でバリバリと活躍する実績豊富なロボットを多数擁しています。
SBGのAI技術とABBのハードウェアが起こすシナジー
今回の買収の最大の狙いは、SBGグループが持つAI技術やソフトウェア開発のノウハウと、ABBの持つ高性能なハードウェア(ロボット本体)や産業ノウハウを相互に組み合わせ、より強力なAIロボティクスソリューションを生み出す「シナジー効果」にあります。
SBGは、ペッパーを生み出した自社のソフトバンクロボティクスに加え、倉庫内自動化ソリューションを提供するバークシャー・グレイや、同じく倉庫自動化のオートストアなど、すでに多くのロボティクス関連企業に投資しています。
ABBという「産業用ロボットの巨人」が加わることで、これらの既存の投資先が持つソフトウェアやAIの技術が、より高性能で世界中に普及しているABBのプラットフォーム上で具現化される可能性があります。
期待される「無人化」された未来の工場
この連携が最も大きなインパクトを与えるのは、やはり製造業や物流業でしょう。
将来的には、AIが市場の需要変動やサプライチェーンの状況をリアルタイムで分析・予測し、それに基づいてロボットが自律的に生産ラインを組み替えたり、最適な生産計画を実行したりすることが可能になるかもしれません。設計から生産、品質管理、物流まで、ほとんど人の手を介さない、より高度なレベルの「スマートファクトリー」や「無人化」が実現に向かう可能性があります。
孫氏の「フィジカルAI」というビジョンは、これまで概念的だったものが、今回のSBGとABBという具体的なプレイヤーによって現実世界で形作られていくプロセスと言えるでしょう。
巨額の投資に見合うリターンを生み出せるか、買収後の統合(PMI)がスムーズに進むかといったリスクはありますが、AIという知能とロボットという身体が高度に融合した時、私たちの社会や経済、そして生活は、想像もつかないほど大きく変わっていくかもしれません。
過去二回の挑戦が、ある意味で時代を先取りしすぎていたのだとすれば、AI技術が急速に進展した「今」こそが、この三度目の正直が世界を変えるような大きな花を咲かせるための転換点なのかもしれませんね。
私たちは、AIが本当に高性能な身体を手に入れ、私たちのすぐ隣で働き、生活するようになるその重要な転換点を目の当たりにしているのかもしれません。
